先日の見積り現場は、川崎市のとある公団の一室。
そこには90歳になる女性が、病院通いもなく、毎日元気に生活されていました。
都内に住む弟さんは、そのような姉のもとに、月に一度は顔を出して、昼食を共にし、安否確認をはじめとして、ひと時を過ごしていたのです。
今月に入り、ほぼ一ヶ月ぶりに弟さんは、姉のもとを訪ねました。
合鍵を持ってはいるのですが、一応玄関口のブザーならしたところ、何ら応答がありません。いつもなら、玄関まで笑顔で迎えてくれるのですが、それもなく、しかたなく合鍵を使用して中に入りました。
玄関の扉を開けると、今まで経験のない臭いが鼻をついてしまいます。
ふと、奥の居間を見ると、布団の上に横になっている姉の姿が見えました。
「寝てるのかい?」という問いかけに対して、姉の身体はピクリとも動きません。
直感的に、「死んでいる」とは感じたものの、初めての体験で、急に頭の中が真っ白になり、発見して2時間ほど、呆然として姉の死体の横にうずくまってしまいました。
我を取り戻した時、「そうだ、救急車を呼ばないといけない」と、119番にダイヤルをしたのです。
結局、警察が現場に到着し、遺体の検死となりました。
姉の突然の死により、葬儀の段取りをはじめとして、納骨をすませると、最後に遺品の整理が残っていたのです。
しかし、どこに依頼して良いのかがわからず、公団側の紹介により、あんしんネットへと相談がきたのです。
初めに弟さんと話をしたときに、上記のことを伺い、夏場のこの時期ですから、見積もりの時には、臭いをなくすオゾン消臭機を持参し、取り急ぎの応急処置を施す予定を組んでいました。
現場に到着すると、通常2週間後に発見された現場というものは、死臭が通路に漏れ、近隣の人も鼻をつまみながらその近くを通るのですが、全く死臭が通路まで出ていません。
玄関ドアを開けると、ほんわかと臭いが鼻に飛び込んできます。
しかし、そのレベルは、5段階で言えば、最低のレベル1程度のものです。
お姉さんが倒れていた場所には、体液などが付着した布団が放置されており、その染み込みは畳までいっています。
しかし、臭いが少ないという現場なのです。
そこで、通常の作業内容で見積もりをおこし、特殊作業費などの負担を、依頼者側にかけないことにしました。また、消臭期間も4日間として、装置を設置することに決めました。
何をどう整理して、片付ければ良いのか、いまだに弟さんはわからず、私どものアドバイスにより、作業の段取りなどが決められたのです。
突然の出来事。
姉の孤独死ということに、いまだ弟さんは心の整理がつかず状態。
その中で、最善の物と心の整理を行なうことが、我々遺品整理屋の腕のみせどころでもあります。
90歳の女性にしては、家財の量も少なく、3名作業でお掃除まで含めて3時間半で完了できる見込みです。
高齢者であれば、介護や福祉関連のサポートが受けられ、見守りも行き届いているような錯覚をおこしますが、今回のケースは、健常者であるが故に起こった悲劇と言えるかもしれません。
「身内としてもっと、頻繁に顔を見せれば良かった」と、弟さんは後悔の言葉をだされましたが、80歳を迎えたやはり高齢の弟さんとしては、精一杯の姉想いの行動をとられており、全く責められるものではありません。むしろ、「良くいままでやりました」と、その行為は誉められるべきものでしょう。
介護をうけていれば、そこにはケアマネージャーやヘルパーさんが訪ねたりして、生活の異常を把握することができます。また、生活保護の対象であれば、そこにも行政サイドの働きかけがなされ、安否の確認ができます。
孤独死とは、独居生活者にとって、いつ、いかなる場合に起こるか、誰にもはかることができません。
その為にも、今、そこに関わると思われる関連部署の智慧を出し合って、今後ますます増加の傾向にあるこの問題の、解決策を検討することが急務なのです。
孤独死現場というのは、本当にさびしいものです。
そこを整理する我々の気持ちも、寂しさにさいなまれます。
若い世代の孤独死、反対に高齢者の孤独死。
共に減少する解決策を、あんしんネットでは検討していきます。
現場を知る立場からの情報発信を、今後も続けていきます。