「遺品整理」という言葉は、最近良く使われるようになりました。
特に葬祭業界では、葬儀の後のアフターサービスの一環としてとらえるようになっています。
それまでは、「遺品の形見分け」という言葉があるように、遺族が集まって遺品を整理しながら、特に大切なものや、まだ十分に使える物を分け合い、故人を偲びながら整理をしたものです。
しかし、「超高齢化」が進み、さらには少子化の波により、多くの遺族が集まることなく、遺品だけが取り残されるという、そんな悲しい社会環境となってきました。
「遺品を整理したいけど、親族が集まる機会が持てない」とか、「実家を遠く離れて、首都圏で生活しているために、仕事の都合で実家の整理がつかない」と言ったことを良く耳にします。
さらには、「一人暮らしをしていた親が突然部屋で亡くなっており、警察から連絡を受けて、何がなんだか気持ちの整理もつかないままに、遺品の整理をしなければならない」といった、孤独死にまつわる遺品整理も増えてきているという悲しい現実もあります。
そのような社会情勢の中で、遺品を遺族になりかわって整理する「遺品整理」業務というのが現れたことも、必然のことのように思えます。
本来は、遺族が故人のことを思いながら行なうのが、その本来の姿だとおもうのですが、やりたくてもできない現実があるのならば、それを一つの業務として行なうのが、「遺品整理」業なのです。
長年、その業務に携わってきた私は、その業務の実態と、そこにまつわる現代社会の問題を提示していきながら、「本来の姿の遺品整理」を提案していきたいと思います。