幼い頃の話。
母とスーパーに買い物に出かけると、子供としてはついつい「あれも買って、これも買って」と言ったものです。
そんな時に、母のお叱りの言葉は決まって「我慢(がまん)しなさい!」なのです。
家はお金がないんだから辛抱しろと言いたいのでしょうが、たった6文字の言葉で、子供の夢は消え去ってしまいます。
このように「我慢」とは、辛抱するという意味合いで普段使っています。
仏教に出てくる我慢は、おのれの我(が)というものに惑わされた心の驕慢さ加減をあらわしています。
慢は七慢と言って、七つの種類のものがあります。
自分を基準にして、それ以外のことを考えます。
①慢 自分より劣った人に対して自分が勝っているといい、同等の人に対して自分は等しいという
②過慢 同等の人に対して自分が勝っているといい、自分より勝っている人に対 しては、自分は等しいという
③慢過慢 他人が勝っているのに対して、それでも自分が勝るという
④我慢 自分が自分がと、自己に執着しておごりたかぶる
⑤増上慢 自分は悟ってもいないのに、悟っているという
⑥卑慢 他人が自分よりはるかに勝っているのに、自分はわずかしか劣っていないという
⑦邪慢 悪いことをしても、その悪についておごりたかぶり正当化する
どれかに思い当たる節がありますか?
先日、弟子と話をしたのですが、この仕事に就いて半年。
丁度、仕事にも慣れて、トラックの運転にも慣れ始めて、まさに彼は⑤番目の、増上慢の状態にいました。
本人には、そのような状態はわからないのですが、傍から見ていると、実はその状態なのです。
いかに危険な状態であるか。
そこは、注意が必要です。
そのようなことを指摘して、聞く耳をもつならば、改善の余地ありで、これから起こすであろう、事故を未然に防ぐことができるのです。
仏教では「我慢」という言葉は、本来悪い言葉として用いられてきました。
しかしいつしか、我が強いということから、負けん気が強いということになり、しだいに辛抱強いということを意味する言葉に変わってきたようです。
これらの我執から逃れるために、没我(もつが)が大事であると説かれてきました。
簡単に言うと、自分の欲を殺して、全てを投げたすという覚悟が大事であるというのです。
詩人の宮沢賢治がのこした「雨ニモ負ケズ」は徹底した菩薩行の具体的実践を述べていますが、まさに我慢をしない人の姿だと思います。
だから私も想います。
「サウイフモノニワタシハナリタイ」と。
まさに遺品整理の仕事というものは、その姿勢を貫くことなのでしょう。
明日は、「遺品整理人 谷崎藍子Ⅱ」が放映されます。
遺品整理人の、想いを高畑淳子さんが熱演されています。サスペンスものとはいえ、見どころたっぷりのドラマです。
私も、社員の一員として登場していますので、ぜひご覧下さい。
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