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拝啓 遺品整理人殿

この度は、私の部屋を整理していただき、心より御礼申し上げます。
私が生を受けて何年たったのでしょうか。
すでに帰らぬ身となり、これまでいた元の世界へと旅立ちました。
私がこれまで何をしていたかは、遺品を手にするあなた様にはおわかりかと思います。
できれば、それらの品々から、最期の私の想いをくみとっていただければ幸いです。
汚い部屋だと自分でも感じておりますが、何分わたし自身で片づけることはできませんので、宜しくお願いいたします。
                                                    敬具
 

第1話 「いつも一人で赤とんぼ」

拝復 90歳のおばあちゃまへ
この度は、おばあちゃまのお部屋を整理させていただきました。
貴女の孫とも言える年齢で遺品整理を日々続けています。
そんな私が残せる言葉。
「30年間、この部屋で、時折走る電車の音を聞きながらの生活、お疲れ様でした。」
カレンダーを見ると、貴女は今から一か月半前に、ちょうど炬燵に座ったまま、息をひきとられたようですね。
座椅子に背を持たれ、窓から見える横浜の街を見ていたのでしょうか?
流し台の上に置かれたトースターの中には、これから食べようとしていたのか、一枚の少し焼きあがったパンが残っていました。
もちろんカビだらけですが、朝食前の突然の出来事だったのでしょうか?
亡くなられてひと月半も経つと、室内には死臭が立ち込め、遺体はハエがたかってきます。
室外に漏れた臭いで、今回はお隣の方が異常に気付かれたようです。
そんな時に、貴女の10歳下の弟さんが、月に一度の訪問で室内に入ったところ、貴女はいつもと同じように、炬燵の中で座っていました。
「お姉ちゃん、元気?」と、声をかけられても、すでに貴女は応えることができませんでしたね。
動かない、そして返事をしない貴女を見られた弟さんは、そこで2時間、時が止まったように茫然自失。
腰が抜けた状態で横に座り続けていたそうです。
愛する姉の突然の死。予期せぬ出来事が身に起こると、誰でもそうなるのでしょうか?

まずは、貴女が座っていた座椅子、そして炬燵を丁寧にビニールに包み、室外に運びだしました。
炬燵をのけると、そこには数知れない蛆虫がうごめいていました。
普通の人がそれを見ると、声を出して飛び上がるかと思いますが、数多くの現場で見慣れているせいもあり、
通常の作業として箒でそれらを集め、ビニールへと回収します。
ビニールも45リットルサイズにたっぷりと入る量でした。
私は、このような現場では、まずカレンダーを見つけます。
高齢の方は、特にこのカレンダーにその日のスケジュールを記入することが多く、例えば病院へ行く日なら、「病院」、
ヘルパーさんの介助日なら「ヘルパー」などの記載があります。
さらに、一日が終わり、就寝前にその日の数字を斜め線で消していきます。
最後に記した日、それ以降に亡くなったということがわかるのです。
貴女も、亡くなる5日前に「弟」と記していましたね。
その日は、弟さんがお弁当を購入されて訪問。
一緒にいつもと変わらぬ世間話をされたそうですね。
 貴女はここで何を見て、何を考えて生活されていたのでしょうか?
今から30年前に、この集合住宅に妹さんと越されて、共同生活を始められたそうですが、若い時から洋裁で生計をたてられていたのですね。
押し入れに、大事に保管された年季が入った2台のミシンを見ればわかります。
また、整理ダンスの中にあった思い出が詰まったアルバム。
故人を知るためにもそれを開くと、貴女が作ったワンピースなどの写真が多く貼られていました。
貴女の隣には妹さんでしょうか、顔や姿がそっくりの女性と笑顔で写っていましたね。
喜びに満ちたお二人のお顔からは、その仲の良さが見て取れます。
整理ダンスの上に小型の仏壇。その中に奉安されていた小さなお位牌。浄土真宗のお寺で戒名をいただかれたのですね。
裏面を見ると、妹さんの俗名がしるされ、10年前に亡くなられていましたね。
引き取り手の亡くなったお位牌は、弟さんに貴重品としてお渡しいたしました。
これからは、貴女と妹さんの供養をすることになりますね。

今回、私を含めて3名のスタッフで遺品整理を行なわせていただきました。
貴女が趣味でやっていた俳句。
短冊に多くの俳句を残されていましたね。
季語を盛り込んで、素人の私でも心に響くものがたくさん。
しかし、どうしても一つだけ、わからないものがありました。
「いつも一人で赤とんぼ」
貴女が詠んだ俳句で、頭にどんな5文字があったのでしょうか?
妹さんが亡くなられての十年間、孤独感にさいなまれての生活。
心の中は、いつも一人ぼっちだったのですか?
貴女を支えた弟さんはじめ、ヘルパーさんや介護の方々。みんな貴女のことを思っていてくれたのですよ。

赤とんぼは、決して一匹では飛びません。
どうか、そちらの世界で、仲間の赤とんぼと共に、自由に空を飛びまわってくださいね。
遺品整理は3時間で完了いたしました。
その間に、貴女の普段の生活を思いつつ、全ての遺品の整理をさせていただきました。
心より貴女様のご冥福をお祈りいたします。

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